大都会の小さな家

大都会の小さな中古マンションに住むおひとりさま女の日常をつづったブログです。 注意事項: 比較的、自分の好き嫌いをはっきり述べています。 それは、単なるさくらねこの好き嫌いであって、さくらねこが嫌いな場合であっても、そのこと・ものを否定しているのでも、そのこと・ものを好きな方を否定しているのでもないことを、あらかじめ申し上げます。1記事が長めなので閲覧はPC推奨です。 リンクはご自由に、相互リンクも募集中です!

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「おひとり様」カテ上位にいらっしゃる「モラハラ夫との離婚の経緯」の話を読んでいます。

あの話を読んでいると兄のことを思い出します。

人からいじめられているうちは、まだいいんですよ。
いじめた人のようになって、人をいじめるようになったら終わりです。

親は愛情を持って子供を育てているとは限らないなあと、思います。
(もうすこしこの観念が早く普及していたら、私はもっと楽でした。)




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兄は、子供のころは非常に美少年だったそうです。
それは想像がつきます。

私は、たまに「外人の血が入っている?」といわれることがあります。
目鼻立ちが大きくて彫りが深いのです。
兄も同様です。

今でこそこうした「濃い顔」は不人気ですが、昔はそういう「外人顔」が人気でした。

ちなみに、戸籍上は外国人の血は入っていませんが、入ってるかもしれないという疑いはあります。

母の父(私から見て母方の祖父)は「白子みたいに色白で髪が赤く、鼻がビューッと高かった」そうです。

そして戸籍を見ると、長男として生まれているにもかかわらず「嫡を認めるにあたわず」という文字が書き込まれていました。

たぶん、外見的に、白人系の外国人との間に生まれたと思われる容貌だったと思われます。
(その母、私の曾祖母が白人系の男性と婚外交渉を行ったのか、それとも非常に古くにそういう祖先がいて隔世遺伝だったかもしれません。)

母も、若いころは赤毛で、戦時中だったこともあって「アメリカ、アメリカ」といじめられたそうです。

私も、幼いころは白人の子供みたいだとよく言われました。

兄もおそらくそうだったに違いないです。
そして、兄は、中一のときに英検3級に合格していたそうです。学校の成績のいい子供だったはずです。

白人の子供のような目鼻がパッチリとした、学校の勉強のできる子。
そのまま伸びていればどれだけよく育ったのだろう、ともったいなく思います。
(そのままで育っていたらすごい王子様でしたね。)

しかし兄は13-14歳ぐらいで内面の成長も頭の成長も止まってしまいました。
翌年、英検2級を受けて、落ちたとき、「英語なんてくだらないことしなくていい」といった、その後の兄を特徴づける態度で英語を勉強しなくなったそうです。

兄は、何かが「パパッとできる」と、かさにかかって人を見下します。
でも、今の自分のままで、ちょっとチャレンジして「パパッとできな」かったり「失敗した」りすると、「こんなことなんてくだらないから」とやらないことを正当化する理屈をこねはじめます。一言でいって努力しないし、何かの結果で人を馬鹿にしたり、逆に卑屈になったりします。

英検3級に合格したとき、その頃はそんな態度ではなかったのか、あるいはそういう態度がすでに芽生えていたけれど「その程度ならパパッとできた」から問題が発覚しなかったのかはわかりません。

でも、その翌年には、もう、せっかくの能力が潰れていたのです。
本当に昔の記憶(2-3歳ぐらい)をたぐると、兄が、悪ふざけは多かったものの、私を割とかわいがってくれていた記憶があります。
でも、その頃(おそらく私が6歳ぐらい?)から、私に対する当たり方はひどくなっていきました。

兄は失敗をひどく恐れます。それは、できないこと・わからないことをあげつらい続けた父のせいだと思っています。
さらに悪いことに「できない」ことを泣きつけばなんでも買ってくれる母のせいもありました。

本当は、失敗から学び、失敗してもまたやり方を考えて根気よくトライしないかぎり、新しいことなんて身につかない、兄のように「自分はバカじゃない」ことを証明するために物事をやっていると、ダメになってしまいます。

そうしてしまったのは父であり母だと思っています。

そのまま40年、今では、150kgぐらいありそうなぶよぶよとした、臭い塊になって、ごみ屋敷のなかに埋もれています。仕事をしないニートのままです。
心を殺すということがどんなに残酷なことか、と思うのです。

私が、その両親の下で良い扱いを受けたわけじゃないです。
(兄はそう言い張りますが違います。私があなたと違うのは、あなたと違って人をいじめる人間にはならなかっただけだよ、と言いたい。)
むしろ兄は私をいじめぬき利用しぬきました。

それでも今の自分が(対人関係は恐ろしく悪いけれど)まあまあなのはまあ運が良かったかなと、思っています。

でも、父も母も、私に大きな負債を残しています。
そろそろ遺産分けした分のお金が尽きるはずです。正直いうと兄に連絡するのが怖いです。
(電話をかけてもメールをしても出ませんが。)

お金が尽きたとき、兄がどうなるのかはわかりません。大阪の家を売ることになるでしょう。売ったお金を等分して、兄にやって、それから先はもう生きようが死のうがかかわらないことにしています。


 *


男の人には「自分はバカじゃない」ことを証明しようとして物事をやっている人って多いような気がします。
「自分がわかってない」ことを認められない人は、わかるようになれないんです。

昔、大学の後輩に、ヒサシ君(仮名)という男性がいました。

私は同志社大学でも偏差値の低い学部専攻だったのですが、ヒサシ君は一番偏差値の高い法学部に在籍していました。そして司法試験を受けて弁護士になりたい、と言っていました。

私が大学を卒業して、27歳ぐらいのときに、インターネットを導入して、いろいろメーリングリストに入りました。アロマテラピーのメーリングリストで、ヒサシ君と再会しました。

ヒサシ君は、2回ほど司法試験を受けて合格できませんでした。
で、3回目受けるのかと聞いたところ、「後輩に先をこされたから受けない」のだそうです・・・。

私は、ヒサシ君の欠点にちょっとだけ気が付いていました。
彼は「絶対に自分の間違いを認めない」のです。
兄を見てきて、兄とおなじようなものがヒサシ君にもあることが分かったのです。

間違いを指摘したら「これはこうだった、ああだった、こういう考え方もある」等の言い訳をします。「しらなかったー、今度から覚えておく」ということができない人でした。

変に法曹の勉強をしたせいで、法律用語をふりまわして(法学部ではない私でも違うと思うけど?といった内容で)自分を正当化するのです。

その下には「間違いを認めたら自分はバカだということが証明されてしまう」といった恐怖があるような気がしました。
間違いを認めるというのは「やーいやーい、お前はこんなことも知らないバーカ!」と言われてそれを甘受することじゃないんです。
「あ、これ知らなかった、じゃあ覚えよう」ということなんです。
「知らない」ほうが、「わかる余地」があるんです。

司法試験をあきらめたヒサシ君は、「ちょっとVBの心得があるからプログラマになる」と言ってそういう会社に入りましたが・・・数週間でクビになり、愚痴っていました。

・・・たぶん、ヒサシ君は「VBなら知っている」と思ってやってみたけれど、知らないことをいわれて「知らないわけじゃない!」と強弁したり言い訳したりして、使えない人だと思われたのでしょう。
やれないことが悪いのじゃない、やれないと認められないのが悪いのです。


その頃、ヒサシ君からチェーンメールが回ってきました。
「○○というテレビ番組で、どこまでメールが流れるかの実験を行っています。受け取ったら5人の友達に文面を変えずに転送してください」という、古典的なチェーンメールです。

なので、ヒサシ君に「これはチェーンメールですよ、こういうの流したらだめよ」とメールしました。

そうしたら・・・恐ろしいばかりの言い訳の山が・・・!
普通なら「あ、そうなのかーゴメンゴメン」で終わるようなことです。でも、言い訳の山がきました。
「自分はわからなくてやったわけじゃない、法律でいう『悪意』なんだ」だとか「未必の故意だ」とかそういうことを言い続けるのです。(たぶん「悪意」も「未必の故意」も彼の言うのとは意味が違う。)

「こんな誰でもわかるようなことにひっかかった自分はバカ」であることを認めたくないんです。
誰も「やーいやーい、こんなことも知らないなんてーあんたバカぁ?」なんて言ってないんです。そういうように受け止めているのは彼自身なんです。

だから、私はいい機会だと考え「あなたは自分の間違いを認められないところがある、司法試験の答練だって、そうやって『自分はわかってなかったわけじゃない』と先生に言い訳ばっかりしてたんでしょう、先生や答練の仲間に言い訳したって、本当の試験では通用しないのに、そうやってたんでしょう」と言いました。

また「今回クビになったのだって、VBならわかると思って、でもわかってなかったところを指摘されて、こんな風に、自分はわかってなかったワケじゃないと言い訳ばっかりしてたんでしょう?」と言うと、なんと彼はそれを認めました。

認めた上で「この高いプライドさえなかったらもっと生きるのが楽だなんてわかってる!」と言い捨てて、それっきりメールが来なくなりました。

それから少しあと、梅田でヒサシ君を見かけました。
面接用スーツを着ていました。
私を見かけると、恐ろしい勢いでムービングウォークの方に駆け去っていきました。

それで終わりです。

きっと彼はうまくいかないだろう、と思います。

私はヒサシ君をこき下ろしたいんじゃない。
もったいないと思っています。

ヒサシ君が高校3年生だったとき、こんな風じゃなかったはずなんです。
こんな「自分の間違いが認められなくて指摘した人にいいわけ三昧」していたら、同志社大学法学部にはとても合格しません。

たとえばもし「いとをかしげなる猫なり、飼はむ」という古文の文章を「とってもヘンな猫だ、飼わない」と訳したら間違いです。正解は「とっても可愛いネコだ、飼いましょう」です。
間違ったら「そうなんだ」と納得して覚えるしかない。
それを、国語の先生を捕まえて、「僕が勘違いしたのはああいう理由で、こういう理由で、この単語にはこういう解釈もあって・・・」と言い訳したって、点数変わらないです。

むしろ「本番の前に間違いに気が付けて良かった」のです。

全部ではないにしても、自分の間違いに気づくことができて、頭かきながら模試の結果を見直して、覚えなおしたはずなんです。

それが、4年間の大学生生活のどこかで、すっかり変なプライドをこじらせてしまったんです。

もともと頭が悪くなかった人のはずなのに、残念な話なのです。


ヒサシ君が今どうしているのかはわかりません。
20年近くの歳月で、少しは「自分がわかっていなかった」ことが、「わかっている」ことよりも貴重なことだと、わかってたらいいなと思っています。

兄にしても、ヒサシ君にしても、もともとは頭が悪くなかった人が、表面だけの「俺はわかってないわけじゃない」にこだわって自分をダメにしたんです。

ヒサシ君がそうなった理由はわかりません。
兄がそうなったのは明らかに親、特になんでも否定する父親のせいです。
(そしてそれをさらに悪くしたのは何でも買い与えた母親です。)


自分がダメでも失敗しても受け入れてくれて、「またチャレンジしてごらん」と言ってくれるような恵み深い親に育てられるということは、ひょっとしたらお金持ちに生まれたり才能があったり容姿が良かったりするよりも幸せなことかもしれません。

少なくとも私は恵まれませんでした。


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