大都会の小さな家

大都会の小さな中古マンションに住むおひとりさま女の日常をつづったブログです。 注意事項: 比較的、自分の好き嫌いをはっきり述べています。 それは、単なるさくらねこの好き嫌いであって、さくらねこが嫌いな場合であっても、そのこと・ものを否定しているのでも、そのこと・ものを好きな方を否定しているのでもないことを、あらかじめ申し上げます。1記事が長めなので閲覧はPC推奨です。 リンクはご自由に、相互リンクも募集中です!

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またちょっと日が空いてしまいました。
実は、働こうと思って、いろいろ動いていました。

いろいろ考えて、まずは派遣で働こうと考えました。
今の状況で、前と同じレベルの仕事なら正社員でもすぐ就けそうでしたが、一段良い仕事となると選考が長引き、ずるずると引き延ばされたあげくに「すみません他の方で」になってしまいます。
まあ、私は仕事を転々としているし、年も取ってるし、雇うほうから見れば不安材料があるのでしょう。またそういうことを気にしない会社、純粋に実力だけ観てくれる会社では技術力か英語力のどちらかが足りないのです。

というわけで「前より高い技術が得られる派遣」ということで探し、すごく引き合いがあって、7件顔合わせして、2件はこちらからお断りし、3件からは来てほしいといわれ、2件からはお断りされました。

どれも、派遣とはいえ、前の年収+100万円、残業次第で+150~200万円が狙える仕事でした。

私が一番行きたかったのは、マイクロソフトのクラウド製品の法人向けサポートで、この仕事ができれば技術力は一番上がるだろう、と思いましたが・・・お顔合わせしてくださったマネージャ様は「前向きに検討しているが配属先のリーダーと話をしている」とおっしゃってくださったのですが、結局「今はSQLが強い人が欲しい」ということで流れました。

次に行きたかったのは、いわゆるSOC(セキュリティオペレーションセンター)の仕事で、ネットワーク上を流れるパケットなどを解析して、攻撃を受けているとか、これは未知の攻撃だとかそういうのを発見する仕事ですが・・・これも、お顔合わせの感触がすごくよく、派遣会社の営業マンさんも「すごく気に入ってくださっています」とおっしゃって下さったものの・・・結局、技術力に不安があると言われて流れてしまいました。

3番目に行きたいと思った仕事に決まりました。
外資生命保険会社のセキュリティ運用の仕事で、技術レベルは上記のような高度なことはしないかわり、これはこれで貴重な体験が得られます。むしろ私が以前受験してテストだけは通っているCISAを活かすならこの仕事でしょう。
上記2つの仕事より格段に時給が高く(お顔合わせした仕事の中で一番時給が高い)、場所もいいしオフィスも素敵です。
これを2-3年やれば、そのときの景気にもよりますが、次に行き先はあると思います。
(少なくとも会議でバリバリ発言できるぐらいの英語力も必要となりますが、外資生保のセキュリティ関係で経験があれば年収700-800万円、うまくいけば1000万円も狙えそうに思えます。)

社保も完備、交通費も出るので、悪くありません。
そして本当にどうしてもまだ体調が悪ければ、3か月単位で退くこともできるので、今の私にはいいのかもしれないと思っています。
(ただ、貴重な経験が得られる仕事なので、できれば2-3年続けたいです。)

仕事開始は少し先ですが、不安と期待でドキドキしています。


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さて札幌旅行記の続きですが、二日目に行く前に、一日目で、叔母(下に書いているM叔母)から、思いがけなく兄のことを聞いたのです。

そういえば、伯母(母の姉で、叔母が面倒をみていた)の相続で、兄弟姉妹と、兄弟姉妹が他界している場合はその子供たちと連絡をとっていたのです。

私が、大阪の家にさようならを告げた翌日に、K叔父(母の弟、M叔母の兄)からハガキで「S伯母が他界して、面倒を見てくれたM叔母に全部残すと言っていたが遺言に不備があって、相続関係者すべての遺志を確認しなければならない」という内容が来ました。
(S伯母には子供はなく、夫はすでに他界、両親ももちろん他界なので、相続者は兄弟姉妹であり、6人きょうだいの中で末の弟のK叔父とM叔母しか存命ではなく、長男・次男・次女つまり私の母の分はその子供たちが継ぐことになります。)

もちろん、一度しかあっていないS伯母の遺産など欲しくはなく、ずっとS伯母の面倒をみていたM叔母が継ぐべきだと思っており、すぐに相続放棄の手続きをとりました。
しかし、兄は全然返事がないそうで、私が家までの道順をK叔父に手紙しました。実際にいったのは80を超えたK叔父ではなく、M叔母だったようです。

叔母によると、訪れたのは11月ごろで、家に入ってくれるなと言われた、ものすごい汚部屋だった、ということです(半年前に多くを捨てたのに!)。
そしてこの家を立ち退かなければならないが無職なので家を借りられないので保証人になってほしい、といわれたとのことです。
保証人は嫌だが、まとまったお金をあげるのでそれで敷金を多くして入居しなさいと言ったそうです。

それを聞いて私は気を失いそうでした。
なぜ12月に立ち退いたのか、そして1年も経たないうちにまた生活保護になったのか、ようやく謎が解けました。
おそらく、兄は、無一文でたたき出されるところだったのでしょう。
最低でも私が家の持ち分を売った値段と同じ値段で売るぐらいの知恵もなかったのです。
(370万円あれば1年で使い切ることはないはずです。)
叔母の口ぶりから、兄に与えたのは100万円ぐらいのようで、それで家賃4-5万円のアパートを借りれば、1年ぐらいは暮らせたのでしょう・・・。

私は、K叔父からハガキがきたとき、あと数日早ければ兄に署名させて叔父叔母に迷惑をかけなかったのに、と思いましたが、そうだとしたら叔母が訪問することもなくそのままホームレスになっていたということです。
悪運が強いというか、それとも何かの意思なのかはわかりません。

叔母に迷惑をかけてしまったことは大変申し訳ないです。
兄が返せるとは思わないので、そのうちに「孫のYちゃんの学資にでも」と少しずつ私からお返しする必要はあります。

叔母は、兄の家に骨壺があったけどあれはどうしたの、と聞いてきたので、(叔母が見た時点では中身はもうないのですが)きちんと埋葬しました、と答えたら安心したようでした。
その時点で、兄は中身がすでにないことは気が付いてなかった模様です。

ホテルに帰ったあと、おなかが痛くなって、下してしまいました。
やはり精神的に動揺した模様です。



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キーボードの打鍵で痛むことはほとんどなくなったけれど、やっぱりまだ右の親指が不調です。
少し力をいれてつまむ、支えるといったことができなくて、たとえば洗濯ばさみを右手で開くことができないとか、ペットボトルを右手で開けることができないとか(いちど開いたものなら開けられる)、パスタを茹でてざるにあけようとしたらうまく鍋を傾けられなくてシンクにぶちまけてしまったりとか、いろいろ不便です。

なので、札幌旅行記はすこしずつアップすることにします。


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叔母は、母の妹で、私より25歳年上になります。
前に会ったのは、15年前の、父の葬儀のときで、そのときはまだ若々しかったです。
私が10歳ぐらい、まだ北海道に住んでいたころは、年に1-2回家に遊びにきてくれていて、その時の叔母の面影は、その時には残っていたのです。
15年ぶりにお会いしたら、私の記憶の中よりはるかに老けてらっしゃいました。
記憶の中の叔母の面影よりは、むしろ、1度しか会ったことのない祖母(母の母)に似ている気がしました。

1/14の午後、札幌駅で落ち合って、ホテルに荷物を置いたあと、叔母の家に行きました。
叔母の家は、なんと、昨年12月にスプレー缶で大爆発を起こした賃貸業者のいたビルから、家数件隔てた裏手でした(札幌市豊平区平岸ときいて叔母の家の近くだと思いましたがこれほど近くだったとは・・・。)

叔母の息子、私にとっていとこになるS君とは初対面でした。
私より10歳年下の38歳ですが、頭がものすごく寂しかったです。
S君は奥さんと娘さんを連れていました。
同居しているのかと思いきや、叔母に娘を預けて夫婦ふたりで働いたり遊びに行ったりしているということでした。
娘のYちゃんは、1歳11か月でしたが、かなりはっきりと意思疎通できるレベルでしゃべりました。
これはすごく早いと思います。

私がタブレットをいじっていると、近寄ってきて膝の上に乗ってきて、触りたそうにするので、勝手に触らせておきました。上に乗ろうとしたときだけ制止しましたが、それ以外で壊れることもありません。
触らせていると、親指と人差し指でズームすることを覚えたようです。子供はすごいです。

私がそのときやっていたゲームのイベントのトップ絵の、左端の女の子をさして「かわいい」と何度も言っていました。



それから、「アンパンマンーアンパンマンー」と叫びました。
アンパンマンは入ってないよ、というと、しばらく黙りますが、また「アンパンマンーアンパンマンー」と叫びます。

子供と遊んでいると、叔母が鍋を作ってくれて、みんなで鍋を囲みました。
美味しかったです。
北海道でしか売っていないゴッコの鍋です。
実は私は食べたことがなかったです(家でゴッコの鍋は作らなかった。おそらく父が嫌いだったものと思われます。)
Yちゃんがはんぺんを好むというので、叔母がわざわざ買ってきて入れたのに、まったく食べませんでした。

私が手土産に持って行った銀座松崎のせんべいを渡すと「おいしい」といって、1枚がかなり大きいのにぺろっと食べました。

翌日の15日に、滝川の叔父(母の弟、叔母の兄)の家に、叔母と二人で行くことにし、16日にはS君の奥様からいただいたもいわ山ロープウェイのチケットで叔母と夜景を見に行くということになりました。

叔母の家を辞去したあと、ホテルで温泉に入り、カツゲンを飲んで寝ました。




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