大都会の小さな家

大都会の小さな中古マンションに住むおひとりさま女の日常をつづったブログです。 注意事項: 比較的、自分の好き嫌いをはっきり述べています。 それは、単なるさくらねこの好き嫌いであって、さくらねこが嫌いな場合であっても、そのこと・ものを否定しているのでも、そのこと・ものを好きな方を否定しているのでもないことを、あらかじめ申し上げます。1記事が長めなので閲覧はPC推奨です。 リンクはご自由に、相互リンクも募集中です!

2017/08    07« 1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  11  12  13  14  15  16  17  18  19  20  21  22  23  24  25  26  27  28  29  30  31  »09
*スポンサードリンク*
連休最終日。
「ルーブル美術館展」に行くことも考えたのだけれども、結局、家でゆっくりして、服を捨て、5/9にやってくる友達のために家を掃除することを選びました。

言っていたように、カップ付きインナーとクロッチのよごれたパンティーを、燃えるごみにまぜて捨てました。

また、昔の家で使っていた敷パッドを捨てました。
昔の敷布団の上に敷いて使っていたのですが、今のマットレスには合わないのです。

毛布の捨てる料金が200円なので、毛布の半分程度の大きさで30Lのゴミ袋にはいってまだ余裕のある程度なので、これで持って行ってもらえるかと思って出しておいたら、持って行ってくれました。

捨てる予定の服を、リサイクルセンターに持っていきました。
服を捨てるカゴは・・・一枚も服がありませんでした。
持っていくオバサンがやっぱり存在するのでしょう。



*スポンサードリンク*




夜は、借りてきたDVDで、「コイサンマン 」を観ました。
DVDを借りるとき、観ていなかった有名映画を考えて、そういえば、有名だったのに「ブッシュマン」は観ていなかった、と思って検索したら、「ブッシュマン」では出てきませんでした。

主演の「ニカウ」で検索すると、「コイサンマン」というタイトルになっていることがわかりました。「ブッシュマン」が差別的だという理由からなのでしょう。

ストーリーは、飛行機のパイロットが捨てたコーラの瓶が、文明を知らず平和な狩猟採取生活をしているサン族に拾われて、その便利さに部族内で争いが生まれたので、拾ったカイは責任を感じてこれを世界の果てに捨てに行く、というストーリーです。

この映画の良いところは、どたばた喜劇として普通に面白いところ、そしてニカウ演じるカイに比べて、文明人たちがいかにエゴイスティックで、つまらないことで殺し合って、心が汚れているかが描かれているところです。



しかしこのDVDに収録されている、特典映像のほうが、はるかに考えさせられました。
「ナイナイへの旅」という、ニカウの住んでいる村を訪問した映像が含まれています。

1990年(映画の公開の10年後)と、2003年(それからさらに13年後)のニカウの姿が、ありました。

1990年のニカウは、前面に大きな穴のあいたTシャツを着て「村にはなにもない、食べ物が無い、家畜の乳しかない」と言いました。

ニカウに対して十分なギャラが支払われなかったのか、金銭のギャラが払われても貨幣経済とは無縁のサン族の村に住んでいるニカウには意味をなさなかったのかは、わかりません。

ただひとつ言えることは、ニカウは日本やフランスなどの評価を利用して、都会の生活をしなかったということだけです。
そうする気になれば、彼とその家族ぐらいは十分、文明圏の都市の生活をできたのではないか、でも彼はそうしなかったということです。

2003年のニカウは、年老いていて、でも、身なりはもう少し良くなっていて、サン族の村にも学校ができて、インターネットはないもののパソコンが(日本のVAIOだった!)がやってきて、デジカメで撮った映像がすぐに見られるような状態でした。

ニカウは、学校のパソコンで「コイサンマン」を上演しつつ、その場で講演していました。

「映画は、過去の記憶を保存できるものです」「この映画に出演している人で、もう亡くなっている人もいますが、映画を通じてもう一度会うことができます」
そう、彼は子供たちに語りかけます。

また彼はこう言います。
「彼らは、私たちに、昔の伝統的なサン族の恰好(ふんどしとアクセサリーのみ)をするように言った」「ビンを見たことが無いように演技しろと言われた」と。

実際、映画「コイサンマン」で描かれたような、「便利な道具が突然現れた」としたら、その道具を捨てるのではなく、「もっと手に入れよう」とするか、あるいは手に入らないのであれば「ルールを決めて使おう」とすると、思います。

いくら、ブッシュマン側を美化して描いていようとも、それは文明人の視点からみたものに過ぎない、とニカウは言っているのです。

映画の中のブッシュマンたちは、平和で争いが無く、木の実や草の根や狩った動物たちの恵みで満ち足りて生きている理想的な人々だけれど、実際は穴のあいたTシャツを着て、自然にあこがれる先進国の観光客の相手をして日銭を稼ぎ、食糧が足りない人々なのです。

2003年のニカウは、「生活はよくなっている」と言っています。
「サン族の生活は厳しいものです」とも言っています。

決して、文明を否定していないどころか、むしろ文明をありがたがっています。
映画に出たことも、喜んでいます。

ニカウは、このあとほどなく、亡くなっています。
死因はおそらく結核、薪を取りにいって倒れていたということです。
享年はおそらく60歳前後。

先進国では、脅威にならない病気だと思います。

ガラス瓶さえ見たことが無いかのように演じろと言われて演じた映画、文明を「邪悪なもの」として捨てるニカウを美化して描いている映画は、文明人のエゴなのだと、気づかされます。


 *


まだ着れる服や家具を「ときめかない」とかいって捨てたり、「持たない生活」を目指してみたり、断捨離で物質に左右されない人生とか言っていたりするのは、豊かな文明国に暮らす人間のエゴなのだ、と思わされます。

「ガラス瓶さえ見たことが無いように演じろ」と言われて演じた映画を、それでも「もう亡くなった人たちと出会える、記憶を保存できるもの」と言うニカウを思うと、自分たちがどこまで求めていいのかと、思います。


↓ ランキングに参加しています。良かったらクリックしてください ↓
にほんブログ村 ライフスタイルブログ おひとりさまへ にほんブログ村 その他生活ブログ 片付け・収納(個人)へ

拍手[6回]

お名前
タイトル
メール(非公開)
URL
文字色
絵文字 Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
コメント
パスワード   コメント編集に必要です
管理人のみ閲覧

プロフィール

HN:
さくらねこ
性別:
女性
自己紹介:
各種ランキングに参加しています。
にほんブログ村 ライフスタイルブログ おひとりさまへ

最新コメント

[07/05 Cocco]
[07/03 なな。]
[06/28 なな。]
[05/25 Cocco]
[05/25 たまこ]

忍者カウンター

メールフォーム

PVランキング

アクセス解析

ブログ内検索

<< Back  | HOME Next >>
Copyright ©  -- 大都会の小さな家 --  All Rights Reserved
Design by CriCri / Material by もずねこ / powered by NINJA TOOLS /  /