大都会の小さな家

大都会の小さな中古マンションに住むおひとりさま女の日常をつづったブログです。 注意事項: 比較的、自分の好き嫌いをはっきり述べています。 それは、単なるさくらねこの好き嫌いであって、さくらねこが嫌いな場合であっても、そのこと・ものを否定しているのでも、そのこと・ものを好きな方を否定しているのでもないことを、あらかじめ申し上げます。1記事が長めなので閲覧はPC推奨です。 リンクはご自由に、相互リンクも募集中です!

2017/04    03« 1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  11  12  13  14  15  16  17  18  19  20  21  22  23  24  25  26  27  28  29  30  »05
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変なコメントを書く人をよけられたのではないかな・・・?ずっとコメントが無いので少し落ち着いたのかもしれない、と思います。

また、ちょっと私の対人関係について、書いてみたいと思います。
(書いたらえらく長くなってしまった!暇な人だけ読んで。)
 
 

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私は、人と親しくなれない、と書いたけど、嫌われているかといったら、少なくとも100%全員から嫌われているわけでもなく、私を嫌う人は正直言うとあまりいい人はいないです。

私を嫌う人は「うわさ話が好きで、徒党を組む傾向の強い人」「人に上下を付けて接する傾向が強い人」「陰湿で劣等感の強い人」なので、その人たち同士うまくいってるかといったら、そうでもないし、そういう人たちに好かれたいかといったらノーなんです。
(ただしそういう人たちのターゲットにはなりやすいんですけどね^^;)

で、人から嫌われているかといったら、悩みなどは打ち明けてもらえたりするんですよコレが。

甚だしい場合は、上記みたいな、いつもは私を嫌ったり、見下している人が、「あなたにだけは話せるんだけど」なんて言ってくることも(あまり多くはないですが)あったりします。

歩いていると人から道を聞かれやすいので、優しそうにも見えると思います。

なので「人に信頼されやすい」とは言えます。
人に信頼されやすいのにもかかわらず、「親しくなれない」んです。


 *


人から言われたのは、「あなたがもし、そこらへんの茶碗を指して『これ、中国の明の時代のものでいいものですよ』とかいったらみんな信用する」というような内容を言われました。

逆に、たとえば(ただ単に私が知らないだけ、その対象の良さがわからないだけなのにもかかわらず)「私ロックは聞かないのです」と言ったりしたら、人によっては、「ロックを好きな私をバカにしてる!」という受け止め方をされてしまうことが、あります。

35歳ぐらいまで、よく、人から「自分以外の価値観を認めないと」と直接的に、あるいは間接的に遠まわしに言われました。

私にしてみたら、他人がロックやポップスを聞くのと同じようにクラシックを聴き、趣味の一環として読書が好きでオスカー・ワイルドやトーマス・マンが好きなだけで、それを「親や先生が好みそうなことをしているいい子ぶりやがって」みたいな見方をする周りの方が、他人の価値観を認めていないと思うのです。

なんていうか、私は、他人の中にある劣等感をものすごく刺激することがあるのです。
たとえばロックを例にすると「親や先生がなんといおうと、俺はロックが好きだ」というタイプは、私にそういうことは言いません。
「親や先生はクラシックなんか聞いたほうが喜ぶんだろうけど、あなたのほうが正しいのかもしれないけどそれをみせつけないでよ!」みたいな態度をとられると本当に厳しいのです。

逆に、私がもし、たとえばプログレッシブロックが好きだったら、親や先生が何と言おうと、周りが「そんな前衛的なのよく聞くね」と言われても、堂々と好きだと言うと思います。

たとえば「私はあんまり漱石は知らないんです」と言ったとします。
これは、私が漱石と出会う機会がなかっただけで、漱石を否定しているわけでも、漱石を好きな人を否定しているわけじゃないです。(むしろ否定されるべきは漱石程度読んでない私自身です。)
でも、そういうのを「どうせ漱石は鴎外とくらべて論理的じゃなくて凡庸だとか思ってるんでしょ!(漱石が好きな私を否定してるんでしょ!)」みたいな反応を生んでしまうことが、私はかなりあります。

もっとひどい場合は、たとえば誰かが『ガラスの仮面』を読んでいたとき、「あ、ガラスの仮面だ」とニコニコして近寄り、「私も好きでしたよ」と言ったのにもかかわらず、「(こんな漫画が好きな)私を馬鹿にしてるんでしょ!漫画とかわからないあなたが心が狭い!」という反応をされたこともあります。

その人が、「この人は漫画とか読まない、高尚そうな文学とか好きで、漫画が好きな私を絶対見下してるに違いない」という先入観を持ってるし、それでみられるから、どう言っても通らないんです。

相手の中にある、そういう変な劣等感や思い込みを、刺激してしまうようなのです。


 *


クラシック音楽とか文学とかは一番それが多いので、私はめったに人にそれを話しません。
でも、それは人の中にある思いなので、どのようなものでも、それがあってもおかしくないです。

たとえば、近所にAスーパーとBスーパーがあったとして、私はAスーパーを愛用していてBスーパーを使わないとします。
その理由は、たとえばAスーパーのほうが自分の自宅にちょっとだけ近いとか、自分が好きなレーズンパンを置いてるとか、たまたまAスーパーのポイントカードを作ってしまったからとかいったたいしたことがない理由で、優劣ではないんです。

それを、誰かが「どうしてBスーパーを使わないんだ」といってきて、「いや、Aスーパーのポイントカードたまたまあったんで」みたいな答えを言っても、「Bスーパーをバカにしてるんでしょ!Bスーパーを愛用している私を馬鹿にしてるんだ!」って絡んでくるようなことが、あります。

スーパーではありませんでしたが、昔、プロバイダで実際にありました。
私はアサヒネットを使っているのですが、「どうしてニフティを使わないんだ!」「ニフティを馬鹿にしてるのか!」と絡まれたことがあります。本当にたまたまその時一番安かったから選んだだけで、メールアドレスも替えられないし優劣じゃないのに、そんなことを言ってくるんです。

その人はよくそういう絡み方を私にしてくる人だったので、また始まった、と思いました。
「だからたまたま最初にアサヒネットにしただけでニフティを否定してない」と何度も言ったのですが、理解しないのです。その時はひたすら下手に出たら、「アサヒネットは堕落したプロバイダだ!ニフティの方がいいんだ!」と私に言ってご満悦でした。
変な優劣をつけようとしてるのは、私じゃない、そういうことを言ってくる人のほうなんです。

その人がなぜそんなことを言ってきたかといったら・・・少し後で理由が分かったのです。

実はその会話は、もう18年ぐらい前、インターネット黎明期のころの、チャットでの会話です。
その方は、インターネットより前、「パソコン通信」の時代からネットをやっていて、パソコン通信といったらニフティだったので、ニフティをものすごく愛していたのです。

でも、私がインターネットを始めたのは、1997年で、すでにパソコン通信の時代は過ぎ去っており、アサヒネットにも一応パソコン通信的なパティオはありましたが、私はインターネットプロバイダとしてしか利用していませんでした。

昔のダイアルアップだったころのインターネットは、どのプロバイダも回線障害がおこりやすく、そのためにサブのプロバイダとして、ニフティも契約は持っていたのですが、1分10円とかで、本当にメインのアサヒネットが故障してどうしてもメールは取りたいみたいな場合にのみつなぐ用途でしか使ってなかったのです。
(パソコン通信のパティオなんか読んでたらどんなにお金がかかるか^^;また1997年はすでにパティオは下火で、新しい記事はオープンなインターネット上にあることが多かったです。)

なので、私はニフティを馬鹿にしてるつもりもなにもない、ただ単に「契約はしているけれど使っていない」だけだったのです。

その方は、パソコン通信がもう時代遅れになっていることを、(私がROMしているが参加していない)チャットで自ら認めていました。
それを、私が使っていないということで「バカにされた!」と怒り、「アサヒネットはパソコン通信を捨てた堕落したプロバイダ、ニフティが正義!」みたいなことを私に言うことでご満悦だったのです。

18年前のことだけど、今も、実はこの事件、傷ついています。

なんで、ただ単に「使ってない」だけなのに、勝手に劣等感もって私にそういうこと言ったのよ?って思っています。


私の言い方が悪いのか、といったらそれもあるのかもだけど、まさか「あなたもニフ人でしょ?」と言われたので、「いえ、ニフティは使ってないですよ?」と言っただけでそんなことになるとしたら、言い方も何もないと思うのです。

実際に「私もガラスの仮面好き」というのさえ、通らないことがあるのもそのためだと思います。
「コイツはきっとガラスの仮面なんかバカにしてるだろう」というその人の先入観で、「大学生にもなってガラスの仮面なんか読んでバカみたい」というように伝わってるんだろう、と思っています。

その人が、心の中で「もうニフティは時代遅れ」「ガラスの仮面なんかよりもっとましな本を読むべきだ」みたいなことを思ってるんです。
私が言ってるんじゃない、その人が思ってるんです。

私は、どうも、人のそういうものをものすごく刺激してしまうらしいんです。


 *


それはたぶん、人が「あなたが、なんでもない茶碗をこれこれのいいものだといったらみんな信じる」と言われたのと、同じところから来ると思うんです。

私が、いいものだというものが、あたかもまるで「なんでも鑑定団」の鑑定人が言うかのように良いと思わせるものがあるとしたら、逆にしたら、私がいいと思わない・使わないものは良くないものだと批判されていると受け止められてしまう、ということです。 
 
私は、人を心から褒めるし、それを素直に受け止めてもらえたら、割と良い関係を築けます。
でもその手の人たちは、褒め言葉はなかなか通らない。
(むしろ「自分の怒りを逸らすための手だろう」と疑ったりさえします。)

ネットゲームの中でそこそこ良い関係を築けたのも、「いい装備ですねー」「上手いですねー」というのが、素直に受け止めてもらえることが多かったからだと、思います。


私は、正直で、正しいことを言っている、と私を嫌う人でさえ認めている、と思います。
だから、悩み事も話してもらえるし、人に道も聞かれる。

でも、誰も、私を嫌っていない人でも、私に、軽い雑談をしようとはしないです。

つまり「人によっては私と相対していると非常にバカにされたり見下されたり感を抱く」
それを抱かない人でも「ごくつまらない日常的なことを言うのをはばかる」
面を、私が(自分では普通のつもりなのに)持っているということです。

どうしてそういうひっかかりを与えてしまうのかは、まだわかりません。


 *


今も、実は変わってないです。
ただ、少しだけ生きるのは楽になっています。

それは、もう「自分のどこに原因があるんだろう」と探さなくなったことです。
それはそういうもので、自分はわざとやってるわけじゃない、見下すつもりもない、その人がかってに劣等感こいているだけで、私がその責任を取る必要が無い、と思うようになったからです。

それを探さなくなったのは、たった5年まえのことです。

2009年7月から失業して、2010年8月に、やっと派遣だけど仕事が決まったんです。
時給1650円の派遣でした。月収にして約25万円。

東京に本社のある外資系の会社で、工場が米沢にありました。
IT担当者は米沢に居て、東京には長いことIT担当者がいませんでした。そこに、景気も回復基調だし数年ぶりにIT担当を置こうと言う話でした。

お盆明けに、1週間米沢に研修にいくことになりました。
米沢に上司になる男性と、3名のIT担当者がいて、顔合わせと業務研修でした。

ところが上司の男性は、私の一挙一動に、いろいろいうのです。
たとえばそば屋で「お茶下さい」というのさえ「怒ってるように言う」というのです。
いちいち「気に入らないですか?」とか聞いてくるんです。

なんとか溶け込もうとしてるのに、みなさんすごくよそよそしいのです。

後でなのですが「みんなで『さくらねこさんってなんだか言うことにいちいちトゲがあるよね』と言っていました」とその中の一人の女性から言われました。

そのあと、東京で働きはじめて、東京の人からは、「IT担当者きてくれて本当にうれしい」と大歓迎してもらいました。

でも、上司は、私のことを「きもちわるい」と言うようになりました。
そう言われると、ますますキョドったり失敗したりするようになりました。
ある日、上司が、米沢から電話会議するからA会議室で待っていて、と確かにいわれてAで待ってたら、実際はBだったことがあって、そのとき、上司が「もうオマエ、キモチワルイんだよおおおおおおっ!」と怒鳴られました。

そのあと、派遣会社の人が「申し訳ないが9月で契約打ち切りで」といってきました。

東京での座席は、当初は離れたさびしい席に予定されていましたが、総務の人が「それじゃさびしいでしょう」と総務の人たちの中に席を作ってくれていたのを、米沢からひとりやってきて、私に挨拶もせず、硬い顔をして、私の荷物をばたばたと取り上げて、そのさびしい席に持っていきました。

「あの・・・」と私が声をかけると、その人はビクッとしてこっちを振り向きました。
私が怒ってるのではない、ということがわかると、その人はすこしほっとしたような顔をして、いろいろ話をしてくれました。
(「言うことにトゲがある」とみんな言っていたというのはその時聞いたことです。)

あの・・・

私に悪い面が無かったとはいわない、でも、いちいち、たとえばそば屋の店員さんに「お茶下さい」というのまで「怒ったように言う」と言ったり、こちらが話しかけても話したくない的な顔をしたりして溶け込めるわけないでしょう。

「みんなが」「さくらねこさんの物の言い方にトゲがある」と言うからって、「だから悪いのはさくらねこだ」というのはどうなんでしょう。

今回だって物も言わずに人の荷物を勝手に移動とか、どうかしてます。
つーか、そんなことをする人たちに溶け込めとか、ムリゲー!!!!!!!

と思うようになりました。


自分たちが排他的じゃなかったかとか少し考えてくれてもいいじゃないか、1年ちょい無職でキョドってただけじゃなかったかとか、少しだけ好意的に考えてくれても良かったじゃないか、それで「私が」悪いとみんなで言うとしてそれが正しいのかい?って思うのです。


今思うと、たぶん、米沢の人たちの中に「東京からきて英語とかできるなんて、きっとおれたちをバカにしてるに違いない」という、先入観が絶対あったろうなと、思うんです。

私は1年2か月ぶりの仕事でキョドってるだけなのに、「俺たちをバカにしやがって」って思ったりしたんだろうな、と思うのです。

相手の中にあることまで自分が責任を取らなくていい、自分は悪くない、って思うようになりました。(結果的に、そう思うようになって、そういう人たちとの遭遇率は激減しました。)



この米沢の事件は、ひどく傷ついたけれど、結果的には、私にとっては非常に良く転んだ事件でもあったのです。

IT人売り企業ですが、以前登録していたところが「内部の社内ヘルプデスクに空きができたので来ませんか」と言ってくれたのです。
それも「前任者が9月末で辞めるのでできれば9月中に来てほしい」と言われました。

米沢の上司は、もちろん9月末より早く派遣解除を承知してくれました。

結果的に、切れ目なくより良い仕事(正社員化の見込みがある契約社員で年収360万円)に移れたのです。

実は、失業の間、住宅補助を受けていました。
それが8月で切れたところでした。
この、1か月で終わった仕事がなかったら、せっかく9月に仕事のオファーがあっても移れなかった。大阪の実家に帰るしかなかった。

私に米沢旅行と1か月の生活費と長い失業で失われた仕事へのカンを取り戻させてくれたとしか言えない。


 *


ひっかかりを与えてしまう理由がわからない、と書いたけれど、何となくはわかるんです。

私の心が閉じてるんだと思うんです。
心が閉じてるときは、人から気持ち悪がられたり、変な人だからバカにしてやれという態度をされたり、見下していると思われたりします。

あるいは、心が閉じてる状態で、「東京からやってきた英語のできるIT」としてやってきたら、「俺たち米沢の人間を馬鹿にしやがって」と見えるかもしれない。
 
でもわざとやってるんじゃない。

そういう人たちに遭遇すると心がバターンと閉じてしまいます。
でも、そういう人たちは自分たちが悪いなんて思わず、「俺たちを馬鹿にしてるんだ」等ますます私を迫害するのですよ。






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