大都会の小さな家

大都会の小さな中古マンションに住むおひとりさま女の日常をつづったブログです。 注意事項: 比較的、自分の好き嫌いをはっきり述べています。 それは、単なるさくらねこの好き嫌いであって、さくらねこが嫌いな場合であっても、そのこと・ものを否定しているのでも、そのこと・ものを好きな方を否定しているのでもないことを、あらかじめ申し上げます。1記事が長めなので閲覧はPC推奨です。 リンクはご自由に、相互リンクも募集中です!

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今の職場は、2012年8月1日に入社したので、もうまる4年になろうとしています。

私は、2008年の8月から、2010年の9月まで(途中数か月の派遣や契約社員はあったものの)、無職でいました。
特に、2009年7月から2010年8月までの1年2か月余りは、短期の派遣やバイトすらなくなり月に50件応募しても採用されず、公的な支援を受けながら生活をしていましたが、その公的な支援が切れるというときになってぎりぎり、就職ができました。

2010年の6月から8月は、本当に苦しかったです。
希望というものが全部打ち砕かれて、テレビがない生活をしている私はずっとラジオをつけていたのですが、ちょうどその年の6月になくなったマイケル・ジャクソンがずっと流れていました。
(だから私は、マイケルの曲が流れるとあの頃を思い出してしまって鬱になります。)

苦しかった1年2か月は、私の傲慢を打ち砕くのに十分でした。
なにせ、どんなにわがままをいっても仕事があったので、嫌だったら仕事を移ったりしていました。

1年2か月の無職生活は、それを反省させ、次仕事があったらもっとましになる、と決意させるのに十分でした。

そこから、奇跡のように仕事がつながり、今は、昔よりはましに働いています。

人間、死ぬほど苦しい目にあったとき、いろいろ悟ることも、結構あると思うのです。
「ああ、自分のこういうところが今のこの状況を引き起こしたな」とか、「次に機会があったら今度はこうしたい」とか、そういうことです。
あるいは自分が「人様に生かされていた」と悟ることも、あるいは人からしてもらった親切に涙が出るほどうれしかったり、ということです。

少なくとも、私にはそういう体験がありました。







兄を見ていると、兄には、そういうことがまるっきりないのだな、と思います。

母も片付けられない人で、母と二人で暮らしていたころも家はひどい状態でしたが、それでも何か食べたあとのゴミがそのままということはなかったし、排水管が腐って水が流れないということもなかったです。

しかし、年老いて体が動かなくなった母が亡くなってみて、その母がやっていた程度の家の維持もできない自分のことを、何か思わないのかなと思っています。
少なくとも、母のありがたみはわかってほしいのですが、それをわかっているとは言いがたいです。

母が亡くなってからの四年間、あの家で、ひとりで、何を考えて暮らしているのかと思います。
少なくとも「あのときわがままを言わず働いていればお母さんに苦労かけなかった」だとか、「こまかいところで俺の面倒をみてくれていたんだな・・・」といった感情は芽生えていないようです。
そういう感情があれば、一度ぐらいはそういうことを漏らすと思うのですが、ありません。


兄は私をひどくいじめたり利用したりしてきたけれど、その妹が、それを言わずに、2月と5月に、助けてくれたことも、何も思っていないようです。

2月、管理人から「お兄さんを一か月みかけていない、1月と2月の管理費も滞納している」といわれて、大阪に向かった私です。
兄が心配だったわけではないのです(正直いって、もう死んでいると思っていました。生活費は9月か10月で尽きると計算していたので・・・)。
ただ、人間として、死んでいるのなら放置はできないと思ったのです。

そうしたら、生きていたので、1か月銭湯もいけないほどお金がないというので、手持ちを渡し、生活保護が受けられるように奔走しました。

私は、兄の服が浮浪者レベルだったことと、生活保護がおりるまでタイムラグがあるので、(生活がなりたったら5000円ずつでも返すようにと言って)少し多めに渡したのですが、兄は「手元のお金がある」と思うと生活保護の申請をせず、「就職するからスーツのための金をくれ」などといい、それを拒否すると、とうとう3月末になって電気もとめられてようやく申請しました。

次は「金がはいるまで半月かかるからお金を貸してくれ」ときましたが、「私は、2月の半ばに合計14万円渡しました、これは働いてひと月これで家賃を払って生活をしている人がいるお金です。滞納しているお金を払って、半月ぐらい申請が遅くなっても十分生きられる額だったはずです。それをずるずる3月末まで申請しなかったのはそちらがわるいのです」といって拒否しました。

私がいなければ、2月に死んでいた人です。
そこを助けてもらっても、「あ、またお金を引き出せる」「またお人よしの妹を利用できる」としか思っていなかったようです。


4月末に鍵を落としたと言い出したときも、私は「ああ、鍵と一緒に金も落としたな」と思いました(先日のゴミ処理のときに聞いて、その想像が正しかったことが分かりました。)
なぜなら、金があれば鍵あけの業者を頼めるからです。
また、生活保護のお金が出た直後だったはずだからです。(毎月1日に出るのですが、5月は連休の都合で前倒しで28日支給だったはずです。29日に落としたということは・・・。)

5/3に大阪にいったら、「昼は外を歩き回り夜はネカフェで過ごした」数日で、げっそりと疲れ果て、「俺もう、この家維持できない、売って家を移りたい」と言い出しました。
(それは5/3の記事に書いています。)
このときも、私がもし見捨てたら、ネカフェに泊まるお金も尽きて、外で野垂れ死にしていたはずです。

5/13に、ゴミ処理の業者さんに見積もっていただいて、そのあと、兄が「食事を恵んでほしい」と言い出しました。
だから、近くのスーパーで、おにぎり3個、鶏のから揚げ1パック、カップ麺3つ、そして野菜類を食べていないと思ったので、野菜生活(人参と果物の混合ジュースです)の1リットルパックを買ってきました。

渡すと、おにぎりやカップ麺やから揚げは喜びましたが、野菜生活は「俺これ嫌い!」と、ビニール袋から抜いて放り投げました。

「野菜食べてないでしょう、薬だと思って一口飲んでみて」と言いましたが、「野菜ならサラダ食べてる」というのです。(嘘です、ゴミの山にサラダのカップや袋など一つもなかったです。野菜の煮物の惣菜のパックみたいなものもなかったです。ひたすら、カップ麺やおにぎりや菓子パンやスナック菓子の容器ばかりなんです。)

それでも嫌だというので「では冷蔵庫の中にいれといて」といったら、ふてくされて黙ってしまいました。

先日のゴミ処理の時、野菜生活の1リットルパックは、汚いゴミの山の中にありました。

・・・罰当たりな人です。
人にご飯を恵んでもらったのに、気に入らないものが入っていたらそんな扱いをするのです。
一口飲んでみて「うーんやっぱりオレこれダメ」というとか、「後で飲んでみる」とかいってこっそり中をあけて捨てるとか、「いつか飲む」と冷蔵庫にいれておくとか、そういう配慮すらないのです。
(そういう配慮が出てきたら、変わることもあるかもしれない。でも、もうこの人、永遠に変わることはないでしょう。)

「俺の好きなものだけよこせ、そうじゃないならいらん!」ということなんです。

飢えたり、家に入れなくなってしんどい思いをしても、変わらないのです。
普通の人なら、お金が完全に尽きて、1か月風呂にも入れず、ただ横たわっているような状態を経験したり、家に入れず昼は歩き回り夜はネカフェの一番安い椅子席で過ごす数日を体験したら、もう少し「食べ物への感謝」「住む家への感謝」「助けてくれる人への感謝」が生まれると思うのですが、兄の心は暗黒の空虚に満たされているのでしょうか。


兄が、突然「家を売らない」と言い出したのは、いろいろ要因があるでしょうが、大きな理由としては、6月の生活保護費が入ったからでしょう。
(そしてもうひとつ、来年から固定資産税がかからなくなると聞いたからということもあると思います。)

5月は、お金を落として弱気になって「家を売る」、6月にお金が入ったから「俺はこれで暮らせる、家は売らない」なんですよ。

・・・たった8万円のお金なんです。

「長い目でみて、管理費2万円強を払いながら生活を維持するのは無理な金額」だというのは、普通の人間には明らかなのに、そんなことを言うのです。
愚かなのでしょうか、傲慢なのでしょうか、それともその両方なのでしょうか。

自分がそれで「暮らせている」としたら、いろいろなものに支えられているということに、なぜ気が付かないのだろう、と不思議に思います。どこか大事なところに障害を持っているような気がします。

現代に生きている人間は「自分の力だけで生きている」と誤解しがちではありますし、私もそういうところがありましたが、ひどい苦難を味わったとき、その考えが変わることもあります。
少なくとも私は、多少、変わりました。

兄はなぜ、二度も死にかけてなお、わからないのかなと思います。
(いや、わかるような人であれば、こんな事態にはなっていないのですが、それにしてもひどすぎます。)


近い将来に、兄が、なんの食べ物も得られなくなる日が来てほしいと思っています。
その時ですら兄は「野菜生活を放り捨てるような傲慢な人間だった」と反省することは、ないでしょう。




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拍手[27回]

無題

お兄様は精神障害ではないでしょうか?
自己愛性とか境界性とか色々ありますよね?
そういった方に理解してもらうとか、
感謝してもらうとかは難しそうですよね。
認知症の老人だと思うしかないというか。。。
お気持ちお察しします。

by じゅん 2016/06/10(Fri)12:44:08 編集

Re:無題

コメントありがとうございます。
はい、たぶんおっしゃるようなパーソナリティ障害が当てはまると思います。

もうすぐ縁切りします。

日本では、家族の法的な縁切りはできないですが、兄に関して責任をとらなければならない事態がなくなるように動きます。

2016/06/12 16:09
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