大都会の小さな家

大都会の小さな中古マンションに住むおひとりさま女の日常をつづったブログです。 注意事項: 比較的、自分の好き嫌いをはっきり述べています。 それは、単なるさくらねこの好き嫌いであって、さくらねこが嫌いな場合であっても、そのこと・ものを否定しているのでも、そのこと・ものを好きな方を否定しているのでもないことを、あらかじめ申し上げます。1記事が長めなので閲覧はPC推奨です。 リンクはご自由に、相互リンクも募集中です!

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もともとの「就活(就職活動)」は分かるんですよ。
もちろんバブル期や、あるいは去年今年ぐらいは、超売り手市場で、待ってても向こうからわが社に入社してくださいと頭を下げてやってくるかもしれませんが、通常は学生のほうが苦心していろいろやってよりよい就職先を求めて活動するのが基本ですから。

あるいは「婚活」も分かるんですよ。
本来は自然に独身男女が知り合って結婚に至るものだろうけれど、なかなか自然にいかない、あるいはできるだけよい条件の配偶者を求めて活動するというのはわかります。

「妊活」になると、その必死さがなんだかかえってコウノトリさんを遠ざけている気もするのですが、最近はそうしないとなかなか授からない時代のようで、しかたがないのかもしれません。
(あまり考えずに十代や20歳そこそこのDQNばかりボコボコ繁殖して、考えて作る人にはなかなか授からない不思議です。)

「ソロ活」と聞くと、本当に「またマスゴミの作った変な用語」という気がします。
ひとりでいるのは、他人を意識せずにいられることが最大のメリットなのに、他人に対してあくせく「活動」することなんかないのに、「ソロ活」って変すぎる。
「ソロ」に、「相手に対して努力する」という「活」という言葉が似合わなすぎるんです。
(もっとも、マックブック持ってスタバでかっこつけて仕事しているフリしてそれをSNSに上げて意識高い系を気取る、という意味ならそれは「ソロ活」に見えないこともないけれど、それはSNSの向こう側にいる「相手」を気にしているからやっぱりソロじゃない。)

で、もっと変な気がするのが「終活」という言葉・・・。
いやもちろん「死に向かって努力している」のじゃないことはわかるんです。
人に迷惑をかけない死に支度、死ぬまでに後悔しない生き方、という意味なことはわかるんです。

でも「死」は、なかなか人間の思うとおりにならないんですよ。
死支度していても100歳超えてもなかなか死ななかったり、死ぬつもりがなくてもポックリいっちゃったりいろいろです。
(断捨離していつ死んでもいいようにしてたって、家ごと津波に押し流されたら意味を成しません。)


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余命数カ月と言われたら、死支度をいそぐのはわかりますが、まだ死ぬような年齢でないのに、断捨離とかミニマリストとかいって、「終活」してるブログさんを読むと、たまに「どんなに全捨てしたって、あなたが死んだときにはいてるパンツに、あなたのゆるんだ括約筋から○○○がもれて付着する、その汚れたパンツを始末する人だけは必要なんだから無理しなくても」と皮肉りたくなったりします。
(こんなこと書いちゃうと、いきすぎたミニマリストさんが「じゃあ死ぬ前は断食断水する!」とか言い出しそうですけれども。言いたいのはそうじゃなくて、「どんなに他人の手を借りないで死んだ後の後始末しようとしたって誰かの手を借りざるを得ないだからいいかげんのところで手をうったほうがええで、ってことやけどな。)

何もかも「他人の意思では自分の周りを触らせないっ!」と言いたげな態度に見えるし、それは傲慢というものです。

身も蓋もないこと言っちゃうと、遺族にとっては「金目のものの所在を明らかにしておく」「争いが起きないようにきちんと遺言状を残しておく」「後片付けをするぐらいの100万円程度の金は残しておく」をしておけば、ミニマリストで部屋が超スッキリしてようと、多少ゴミ屋敷でも変わらないです。
(実家の超ゴミ屋敷を片付ける代金が84万円でしたよ、合計。あれでも100万円かからなかったのですから、あれよりましな家ならそれ以下です。)

それに、金銭以外の点では、それは、遺族があなたをしのぶ手がかりすら捨ててしまうということなので、それも傲慢に見えます。

見られて恥ずかしいものだけ処分して、あとは処分にかかるお金だけ残しておけばいいかなと、思っています。

もちろんおひとりさまだと、死んだときのことは考えなければならないけれど、それは物を捨てまくることではないです。
おひとりさまだと、何か残したものでしのんでくれる人もいないので、むしろしのんでくれる家族がいる人で「断捨離」「ミニマリスト」とかいって捨てまくってる人は、私から見れば傲慢です。

余命数カ月を宣告されたとか、あるいは後期高齢者という年齢になったわけでもない状態で、何かやることがあるとしたら、連絡してほしい人と、手続きしてほしい物事を書き残して、葬式代・後始末代を残しておけばいいだけだと、私は考えています。
それ以上あくせくするのは、なにか変な気がします。
家を整理したり無駄なものを捨てるのは、「終活」とは別の話だと思っています。

若い年齢(60歳未満)から終活とかいってる女性を見ていると、「迷惑をかけたくない」からというかもしれないけれど、それは頼る人のいないおひとりさまの場合「自分の死体を知らない人にいじられたり、自分の希望でない埋葬をされたくない」という意思の表れだし、頼る人のいる女性がやる場合は・・・それは周囲が嫌いで頼りたくない、死体の自分に何をされるかわからない、夫の墓に入りたくない、姑や嫁にみじめな姿を見られたくない、という、周囲への拒絶があるような気がします。

「死」という、本来は人間の思うようにならないことに対して、肩ひじ張らなければならない「相手」がいるということで、そこに違和感を感じるのです。





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